みんな大切な人です。
2012年07月25日 (水) | Edit |

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これらの苔は 自然の為す芸術です。


これはお店の裏にあった水瓶・・・。




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2012年07月21日 (土) | Edit |

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先日山へ行った帰り道、恵林寺に立ち寄って頂きました。
恵林寺は武田家の菩提寺。


「人は城、人は石垣、人は掘、情けは味方、仇は敵なり」
「風林火山」で有名な武田信玄の甲陽軍鑑(武田信玄の戦略・戦術を記し
た軍学書)にある勝利の礎の言葉です。どれだけ城が堅固でも、人の心が
離れてしまったら世を治める事はできはしない、情けは人をつなぎとめ、
おのずと国を栄えさせるが、仇を増やしたなら国は滅びてしまう。


甲斐の名将であった信玄が、国を治めるにあたって常に民と共にあったと
いうことを表した言葉です。


「安禅必ずしも山水を須いず、心頭滅却すれば火自ら涼し」
織田信長は、武田氏を滅ぼした後、武田氏に加勢した六角義弼らをこの
恵林寺が匿った上に織田方の引渡し要求を拒否したということから、快川
和尚をはじめとする100人以上の僧たちを、三門に集めて焼き殺しました。
この時快川和尚が残した遺偈(ゆいげ)がこの言葉です。


ここにはその時の犠牲者である快川和尚たちの遺骨が埋葬されています。


私には、あれほど残酷な織田信長が何故ヒーロー扱いされるのか、わかり
ません。私にとって最高の武将は武田信玄です。
武田信玄が志半ばで病気に倒れなかったら、歴史は変わっていたでしょう。

渋滞の中ここに立ち寄って頂き、本当にありがとうございました。(*^_^*)




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2012年07月18日 (水) | Edit |

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私の父は山が大好きでした。その影響もあってか、弟は国際アルピニストに。
私はと言えば、車酔いがひどい中、ディーゼル列車とバスに揺られ、毎年
フラフラになりながら山を歩かされた記憶がこびり付き、山には苦い思い出
しかありませんでした。しかし父を亡くした今、再び山を歩いてみたいと思う
ようになり、今回山好きの先輩にお願いして、山に連れて来て頂きました。

大弛峠
連休は混むからということで、朝3時に起きて始発で山に向かいます。
途中先輩に車で拾ってもらい、山に入る時には細かな雨が降っていました。


ここ大弛峠(おおだるみとうげ)は標高は2,360m、自動車が通行できる
日本最高所の車道峠。ここから歩いて15分のところに夢の庭園が。

初心者向けの山を楽しめるハイキングコースとあって、朝早いのに駐車場は
混んでいて、ぎゅうぎゅう。なんとかスペースを確保して雨があがるのを待ち
夢の庭園に向かいます。


夢の庭園に向かう階段。


うわ~~~!!思わず声を上げてしまうほどの、美しい360度のパノラマ。


遠く富士山の稜線も見えました。朝の雨が嘘のように空は青く晴れ渡り・・・。


高山植物のマットの上に、巨石と潅木が自然の采配によって巧みに配置され
たこの庭園は、昭和35年、当時山小屋管理人をしていた山下今朝忠さんが
発見、それで夢の庭園と名付けられたそうです。(案内板から)


次に木立の中を前国師~国師岳~北奥千丈岳に向かいます。


写真でしか見たことのなかったイワカガミ。


ミツバオウレン。可憐な花です。(*^_^*)


数々の有名な庭園は美しい山野を模したものと言われますが、この自然に
よるダイナミックな造形美を見ると、自然に勝るものはないと感嘆します。


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2012年07月14日 (土) | Edit |

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裏の公園から、オカトラノオと・・・? 本当に花の名前知らない私です・・・。




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2012年07月10日 (火) | Edit |

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伏見奉行所による竜馬暗殺未遂事件の舞台、寺田屋さん。(去年の秋撮影)




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2012年07月08日 (日) | Edit |

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今日は夕焼けが綺麗でした。




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2012年07月07日 (土) | Edit |

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熱気がすごかった。




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2012年07月05日 (木) | Edit |

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塔の4面に時計がはめ込まれている時計台。
ネオ・ルネッサンス様式の建築物で国の重要文化財・・らしい。




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2012年07月04日 (水) | Edit |

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明治維新前夜、西郷隆盛と勝海舟のトップ会談を実現させ、江戸城下を戦火から
救った江戸城無血開城の影の立役者・山岡鉄舟。そのゆかりの地がここ望嶽亭。

彼の命がけの直談判を実現に導いたのが、この望嶽亭二十代当主・松永七郎平
でした。彼は官軍に追われている鉄舟を匿い、かねてより親交のあった清水の
次郎長に彼を託し、西郷隆盛との歴史的会談を実現させたのです。

これは鉄舟が徳川慶喜から拝領した、皇帝ナポレオン三世から贈呈されたという
十連発の拳銃。漁師姿で逃れる際に置いて行ったもの。


鉄舟は望嶽亭の蔵の中にあったこの奥座敷の隠れ階段から・・・。


松永家の二十三代当主、故松永宝蔵氏の奥様さだよ夫人と従兄弟の方。
いろいろと歴史的逸話を楽しく聞かせて頂きました。ありがとうございました。

IMG_4753.jpg
故松永宝蔵氏が描かれた、広重の東海道五三次を背景に弥次さん喜多さんが
綴る楽しい旅道中。江戸の庶民の旅の考証ともいえる本、楽しく読んでます。


薩埵峠にて。


最後に桜エビのかき揚げ丼。美味しかったです~。ご馳走様!(*^_^*)




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