みんな大切な人です。
2013年08月29日 (木) | Edit |

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今日は遅い夏休みを取り、ゆっくり朝寝坊。
昨夜は昔の仕事仲間の送別会だったため、今朝はちょっと二日酔い・・・。
でもとっても良いお天気だったので、ちょっと近場を探索に。


大船にある定泉寺、入り口には大きな百日紅の樹。 


ここには田谷の洞窟と呼ばれる古い人工の地底伽藍があります。鎌倉時代に
真言密教の修行場として開鑿されたとか・・・。 正式名称は瑜伽洞、
瑜伽(ゆが)とは密教用語で瞑想的合一をはかる修行法だそうです。


鎌倉時代の初期、ここには幕府侍所の別当で和田義盛の三男・朝比奈三郎の
館がありました。 1213年、北条義時に対する憤りから発した和田合戦、
この事変によって北条氏の権力は一層強まり、1215年正月の将軍実朝暗殺
へ向かうことになります。


この戦いで幕府軍を苦戦させ続けた勇将がこの朝比奈三郎泰秀です。
同族三浦義村の裏切りによって敗色が濃くなった時、三郎はこの洞窟を
伝って脱出したといわれています。


全長1キロに及ぶ洞窟には、300体をこえる仏像や仏画の見事な彫刻が
残されています。 天井には曼荼羅、十八羅漢、刈萱道心の仏教説話などが
彫られ西国三十三所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所、四国八十八箇所の
壁画は、それらをすべて回ることで巡礼したことの代替とするものだそうです。


田谷の洞窟が真言密教の修行窟として逐次拡大されつつあった1532年
鶴岡二十五坊相承院の僧快元法印の門弟・隆継阿闍梨によってこの地に
定泉寺が建立されました。


境内には水子供養の小さなお地蔵様がたくさん年代ごとに分けて祀られてます。 


外には子授かり・安産祈願の「玉石」。 撫でられて丸くなったそうです。


田谷の洞窟は、わが国にはほとんどその例を見ない人工の地底伽藍として
有名だそうですが、私は今日初めて訪れました。 こんなに近くなのに(-_-;)。
洞窟の中はひんやりして気持ち良かったです。^^


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