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2006年03月27日 (月) | Edit |

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射水市民病院の尊厳死問題が 話題になってます。

富山県の市民病院の外科部長が人工呼吸器をはずす「延命中止行為」で
00年から5年間にがんの末期患者ら7人が死亡した。
医師の行為は殺人なのか、それとも安楽死や尊厳死にあたるのか。
 
 ◇「治療中止」に基準なく
 現場の医師が実際に治療を中止する場合、
具体的にどんな手続きを取ったら合法となるのか、法律上の明文規定はない。基準の素案は、中止の前提として
(1)複数の医師による最高水準の治療
(2)救命不可能なことを複数の医師が繰り返し確認する
(3)家族に十分に説明し、治療中止以外にも選択肢を提示する
などを求めている。

 ◇法制化には賛否両論
日本尊厳死協会(井形昭弘理事長)は05年6月、
国民が尊厳死を選ぶ権利や延命治療を中止した医師の刑事責任を
問わないことなどを法制化するよう求める請願書を14万人分の署名とともに
議員連盟に提出した。
一方、法制化に反対する学者や難病患者は
「安易に死を選ぶ風潮をつくりかねない」と批判している。

 ◇国民の74%「単なる延命治療はやめてほしい」延命治療中止を望む国民は7割を超え、医療関係者では8割に達した。
 調査では一般国民の80%、医師の92%、看護師の95%が、
末期医療に「関心がある」と回答した。
自分が「痛みを伴う末期状態(余命約6カ月未満)」になった場合に
「単なる延命治療はやめてほしい」などの回答は、一般で74%、
医師で82%、看護師で87%に達した。


人間が 人間であることが出来なくなったのに 物質的な肉体の存続で
生きていかなければいけない?
苦痛を和らげる場合の尊厳死もあるかも知れないけど
意識のない人間を ただ肉体が丈夫だからと 延命させる医療。

【「尊厳死」の米女性死亡 植物状態15年】
植物状態が15年にわたって続いた
米フロリダ州の女性テリ・シャイボさんの延命措置。
「本人が希望していた尊厳死を認めるべきだ」と主張する夫と、
これに反対する両親が真っ向から対立。
7年間にわたる法廷闘争でシャイボさんの栄養チューブは
繰り返し外されては、戻されてきた。

そして2005/03/31同州ピネラスパークのホスピスで死亡した。
18日に栄養補給チューブを外されてから14日目だった。
記者会見した検視官によると、シャイボさんの脳は激しく萎縮し、
健康な成人の脳の2分の1ほどの重さしかなかった。
視覚中枢部位が壊死しており、目が見えなかったとみられるという。


医療技術の未熟だった 数十年前なら 論議にもならないままに
死が選ばれてていたんじゃないかしら。
医療技術の発達は 人をたくさん助けても来たけど
尊厳は 薄れてきている気がする。
ある一定の年齢を基準に 尊厳死を認めて欲しい。
人が人でなくならない 人としての尊厳を認めて欲しい。
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コメント
この記事へのコメント
> 素町人@思案橋さん
コメントありがとうございます。
見せて頂きました。
とても 参考になりました。
2006/03/28(火) 18:59:09 | URL | shoko #-[ 編集]
>Nekobusさん
私は この次の続きの一番最後に書いたように
医療で本来の人間の命を いたずらに引き伸ばす、
この危険を感じてるの。
今後ますます 医療技術が発達し
動物の一員である人の命を 自然に逆らって
延命し続けられることがとても怖い。

延命のための医療よりも 痛みを無くし
正常な頭で人生の最後を迎えられるための医学を
もっと 研究して欲しいわ。
2006/03/28(火) 18:57:49 | URL | shoko #-[ 編集]
突然で恐縮ですがご招待です。
「富山の射水市民病院のニュース」に関するクイズを作りました。
「尊厳死と安楽死。ふたつの違いがわかりますか?」という記事です。
問題は、状況を設定し、もしあなたが医師だとしたら、どんな行動をとるかを問います。
回答の選択肢が5つあります。
答えは→ http://q-q.at.webry.info/200603/article_94.html
他にも500問ほどのクイズがあります。退屈で死にそうな折りにどうぞ。
(ご迷惑でしたら、お手数ですがコメント、TBの削除をお願いします)
2006/03/28(火) 10:40:25 | URL | 素町人@思案橋 #-[ 編集]
コメントが言葉足らずだったかもしれないね・・・
私も尊厳死は賛成。自分もそうしたいと思う。

その為には、
・家族の間でみんなが元気な若い頃から話し合い納得し合う。
・医師を守る為の法律。

が必要だと思う。いちばんむずかしいのは、
病気の過程でどの時点をもって尊厳死を認めるか、
本人が意識が無いとすれば最終的に誰が判断をするか。
若い人でも、同じ状態になることもあるでしょう。

本田美奈子は最後の最後までもっと生きたい歌いたいと、
辛い治療をあきらめなかったそうです。
でもそうじゃない若い人もいるかもしれない。

うちのジイチャン95歳にして病気になった時、
「まだまだ頑張らにゃぁ」って言ったけど、
そんなお年寄りばかりじゃないでしょうし。

人の生き方も様々、死に方も様々。
議論に議論を重ねてそれぞれが自由に選択できる、
良い法律が出来たらいいなと思います。
2006/03/28(火) 07:39:04 | URL | nekobus #-[ 編集]
>Nekobusさん
お墓も延命治療も 残される人のためのもの。
残される人間の気持もわかるけど 本人がそれを望んでいるか、
私は それを一番に考えたいと思います。
2006/03/27(月) 18:01:22 | URL | shoko #-[ 編集]
>Toshiさん
もちろん元気なら 生きて欲しいし 生きるべき。
でも 苦しみの先に死しか無い状態であれば
なぜ それでも医療の力で生きなければならないんだろう。

よく苦しみから逃れるためなら 自殺幇助だと論議になるけど
でも 延命処置をやめる事が自殺幇助だろうか?
全てを医師の責任にしてしまうのも おかしいと思う。
2006/03/27(月) 17:58:16 | URL | shoko #-[ 編集]
一昨年、胆管がんの義母を看取りました。
延命治療をするかどうか家族も迷います。
本人の意識がない状態で、どこまで医師と家族の意思の疎通が図れるか。
私たちは残されるであろう義父の心をいちばん尊重することにしました。
延命治療はしませんでしたが、
結局医師も含めて、人と人との信頼がないと駄目。

反面、何十年もの植物状態から目覚めて家族と会話出来るまでに回復した人もいる。
末期医療とは少し形が違うけど。

私自身のことを考えると延命治療はして欲しくないと思う。
でも人の死というものは自分だけのものじゃ無くて、
あとに残される人のものでもあるのです。
2006/03/27(月) 08:06:18 | URL | nekobus #-[ 編集]
僅かに残された希望にかけたい、という気持ちはわからなくもないけど。
shokoさんの言うように”人としての尊厳”も大事ですよね。
”死”を単に忌み嫌うのではなくて、もっと上手に付き合わないと。いずれは訪れるのだから。個人が意思表示をはっきりしておくことくらいなのかな、今の現状で出来るのは。
2006/03/27(月) 07:30:21 | URL | toshi #mQop/nM.[ 編集]
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