みんな大切な人です。
2006年03月27日 (月) | Edit |

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尊厳死には 私なりの思いがあります。

私の母方の祖母は 20年近く前 腰を痛めてから動けなくなり
それが元で 認知症が始まりました。
年々ひどくなって 妄想を見るようになりました。

不思議なことに男性は認知症になると 食べ物に執着し、
女性の場合は お金に執着するんです。
私の祖母もそうでした。
屋根裏から 隣の息子が忍び込んでお金を取っていく、とか
息子の奥さんが 水に毒を入れて 自分を殺そうとしてる、とか
そして 自分のお金を狙ってるとか。

段々と妄想はひどくなっていき 隣の窓に向かって泥棒!と叫んだり、
暴れたり とうとう手に負えなくなり 入院しました。
そして 病院は数ヶ月(長くて半年?)で転院しなきゃならない、
あっちこっちの病院をたらいまわしにされました。

病院でも 突然暴れだしたり 意識が混沌として ひどい時には
ベッドにくくり付けられていたようでした。
その間 祖母の面倒を見ていたのは おじさん夫婦でした。


そんな 不毛な繰り返しを数年続けた後 意識が混濁してきて
最後にはただ 病院のベッドに寝て 点滴で栄養を受けながら
焦点の合わない目で 天井を見ていました。
誰のことも わからなくなっていたようです。子どもたちのことさえも。

内臓はしっかりしてて 心臓もしっかりと動いてるから
点滴を通して栄養を与えられ 植物人間状態で5年以上 生きていました。

私の母を始め 子どもたちは いっそのこと尊厳死させて欲しいと
言ったそうですが 心臓はしっかりしていて 脳死判定も出せない。
ただうつろに ただ息をしてるだけでした。
そして 3年ほど前に 亡くなりました。

認知症になる前は しっかりした 元気のいい明るい人でした。
働き者で いつも田んぼや畑を ひとりで切り盛りしていました。
認知症になってしまった祖母は別人のようでした。

もし 祖母に意識があったら こんな姿の自分は
恥ずかしくて仕方がないだろうな、って思いました。
意識の飛んでしまった自分が仕出かす数々の
周りに迷惑をかけている話をわかっていたら
どれだけつらく 自分が情けなく 思っただろうって。
正常に戻る見込みのないまま 生きていたくないだろうな、って。

いつか認知症も治る薬が発明されるかも知れません。
癌さえ 治す薬が開発されるでしょう。
今流行の 若返り整形、そして 100歳になっても 100歳には見えないほど
体中を整形し 若返り、生きていくことが出来るかも知れません。
でも それは人間の姿でしょうか?
人の命は 永遠になっていくのでしょうか?


よく尊厳死の論議が出ると 自殺幇助だという人がいます。
これは 議論のすり替えじゃないでしょうか?
責任を取りたくない人たちの 綺麗事じゃないでしょうか?
医療がここまで発達していなかったら 議論の前に死ねたんです。

医療は 限りなく発達していきます。
延命を続ける間に 新しい医術が発達し 更に延命できるかもしれません。
でも そうして生き続けることが人間の命でしょうか?
朽ち果てていく肉体を 医術によって生きながらえさせることが 正しい?
私は 人間として生き 人間を全うして そして死んでいきたいです。
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コメント
この記事へのコメント
>Hanaさん
確かに難しい問題だけど そろそろ真剣に
基準を設けなきゃいけない時期にきてると思う。
医療技術は 発達することはあっても
今後 後退することはないんだし。

これは私個人の意見だけど 自然界の一部である人の命を
医学の発達によって むやみに操作していっている
または 今後その傾向が進んでいく危険をすごく感じるの。

勉強にしてもね 若い人は出きるだろうけど
年をとってくると 字を読むことさえ しんどくなるのよ。
そして 判断力も記憶力も鈍ってくる。
自分の意志で自由に選択ってのは 年をとってくると
しんどいことなのかも知れない、と ふと思ったりする。

そしたら やはり基準もしくは 選択肢を
示してあげないと 無理だと思うわ。
2006/03/29(水) 12:29:56 | URL | shoko #-[ 編集]
>Nekobusさん
Choko お友達にして~。
ただ でっかい女の子だけど・・・
2006/03/29(水) 12:20:02 | URL | shoko #-[ 編集]
いまの医療において、どこまでを延命措置とし、どこまでを治療とするのか、そのラインをひくことはとても難しいことだと思います。
そしてまた、現実的な尊厳死があり得るとしたら、遺言書のように「自分が倒れたら人工呼吸器にはのせないでほしい」「人工透析は行わないでほしい」など詳しく自分の希望を記し、自分で自分の治療を選択することなのではないでしょうか。
尊厳死を認めるか認めないかの前に、だれもが自分の命や病気について真摯に受け止め、予後を予測し、医療を学び、治療を選択する知識をもつ必要があると思います。
医療サイドも、患者が正しい知識を得、治療を選択できるよう、いまよりも詳しい説明や指導をしていくべきだと思います。

認知症の方の尊厳死については難しい問題ですね。
認知症の本人の意思を確認できない状況において家族の一存で命を絶つことができるとすると、良識ある家族ばかりではない世の中ですから多くの問題も出てくるでしょう。

命を死を尊厳するということは、言葉以上に難しいことなのだと思います。
2006/03/29(水) 00:00:12 | URL | hana #-[ 編集]
>chokoちゃん
bakantaっていうblogpet作ったら遊びに来てくれるかな。。。
でも例のbakantaだから振られちゃうかもねwww
2006/03/28(火) 21:54:58 | URL | nekobus #-[ 編集]
>Nekobusさん
若い人には もちろん生きて欲しいの。
少子化が余計に進んじゃう~。

一定の年齢と私が言ってるのは 70なり80なり
その時期を過ぎて 苦しい病気になり
完治の見込みがない場合のこと。
元気な人は 元気に生きて欲しいですよ。

そして 認知症や糖尿病・腎臓病などの
良くなる見込みの無い病気の治療法を研究して欲しい。
死に至らない、でも 苦しい病気の。
2006/03/28(火) 21:12:35 | URL | shoko #-[ 編集]
生きながら苦しみ続けている人たちを身近に何人か知っています。
若い人もお年寄りも、病気は様々です。
腎不全・リウマチ・がん・脊椎・・・他。
同じ年のリウマチの友達は何年も激痛に襲われていて、
夜中に助けてと携帯メールが来ます。

今の医療の限界の中で懸命に生きようとしている人たちを応援したいし、
少しでも痛みが和らぎ、将来安らかに死に向かっていけるように、
一日も早い医療の進歩を、私も切に願います。
2006/03/28(火) 20:45:55 | URL | nekobus #-[ 編集]
Choko・・・
どうやったら尊厳が入院できるの・・・?
2006/03/28(火) 19:21:36 | URL | shoko #-[ 編集]
>Nekobusさん
認知症である人も 確かにその人の一部かも知れない。
でも 子どもたちより 
まず私たちの方が近いところにいるのよ、認知症に。

子どもがなったら どんなことをしてでも直したい、
そして 介護をしたいと思います、親だからね。
でも 自分がなって その負担を子どもたちに、と
考えたら 本当にとても怖い。
生きていたくない。

私は医療技術を 延命のために使わないで
認知症治療、糖尿病治療、つまり
生きながら 苦しみ続ける病気のために
使って欲しい。

そして 一定に時期を越したら
痛みを和らげ 安らかに死に向かっていける
医療に変えて欲しい。
2006/03/28(火) 19:20:29 | URL | shoko #-[ 編集]
>雅さん
私も臓器移植は反対です。
そういう技術があるために クローン人間が研究されていたり
臓器密売が行われていたり。
人が人でなくなっていく。

もちろん 大事な人には生きて欲しいと
みんな思うんだけど
でも人の死を待って その体から臓器をもらって 生きる。
とても怖い話だよね。

医療をもっと 人間の尊厳を守る立場で
発展させて欲しいと思います。

2006/03/28(火) 19:14:40 | URL | shoko #-[ 編集]
>Toshiさん
最近の医学の技術進歩は ある意味とても怖い。
ただ ただ いたずらに延命される。
医学の発展していなかった 数十年前なら
寿命と諦め 死を選ぶことが出来たものが
そこに治療法があるために 周囲もお金・体力を全て注ぎ込んで
治療をしてあげないと 悪いことをしてる気になる。

尊厳死さえ認められたら、と思う人は
とても多いと思う。
2006/03/28(火) 19:08:36 | URL | shoko #-[ 編集]
chokoが、尊厳を入院しなかった?


2006/03/28(火) 16:03:14 | URL | BlogPetのchoko #-[ 編集]
必要以上の延命治療とか無駄な整形や不老不死などは、
人間の思いあがりだと思う。
がんの末期医療も現実に問題が多いと思う。
それを前提として認知症について・・・
また反論しちゃうようでごめんm(。_。)m

認知症になって色んな症状が出て周囲に迷惑をかけても、
それは人間の姿であり、その人が何十年も生きてきた人生の一部分の、
真実の姿であると思います、悲しいことだけど。

今もし私が90歳で70歳の娘が認知症になったとしたら・・・
そんなことも考えます。
2006/03/28(火) 09:09:34 | URL | nekobus #-[ 編集]
臓器を交換してまで、また、周りの人間(医者や家族等)の意志に左右されながら生きるのは、この自然界の中で人間だけだと私は思っています。生きたい、助けてあげたい、という”欲”が医療を進歩させ、その結果、人間の数が増え、地球上生命のバランスが崩れているのだと。これは”勝手に私が思っている”ことですが、命は人間だけにあるのではないですよね。人間の口に入るものは全て生命です。地球上に人間が増えれば、森林伐採も進む。都市が広がり緑がなくなり、地面が熱せられ異常気象が起こる。異常気象により災害が起き、多くの人が犠牲になる。つまり人間の数が減る。きっと神様が、うまく地球上生命のバランスを保っているのかなぁなんて。そしてその神様が与えた最大の罰が戦争なんじゃないかと・・・。

完全に話がズレてしまいましたね。すいませんでした。
2006/03/28(火) 00:23:03 | URL | 雅 #aEmTB4nk[ 編集]
医療、医学の進歩って”不老不死”っていう人間の妄想が生み出してる部分ってあると思います。
もちろん、役に立っている部分ってすごく大きい。大勢の人を苦しみから救って、貴重な命を繋ぎとめている。

与えられた限りある時を生きるからこそ、人として輝けるのだと思います。
仮に不老不死になれたとして、幸せでしょうか?

永遠に終わらない時の中で…
移り行く世界の中で…
変わらない、変われない自分

きっと、すごく虚しくなると思う。
すみません、駄文をズラズラと…。(^^;)
2006/03/27(月) 23:49:06 | URL | toshi #mQop/nM.[ 編集]
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