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2006年10月22日 (日) | Edit |

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中国、亡命チベット人を銃撃か  (SankeiWeb)

その問題の銃撃映像
 9月30日に、中国チベット自治区からネパールにナンパラ峠を通って
 亡命しようとした約70人が中国人民解放軍に銃撃され、
 少なくとも尼僧1人が死亡、数人が負傷した。



この中国の 国境警備隊の銃撃によるチベット少年殺害事件の映像が
世界中で放映され、 国際社会を騒然とさせている。

 映像はルーマニアの登山家、セルゲイ氏が偶然撮影したものを
 ルーマニア民放局が14日に放映。
 現場はエベレストに近いチョオーユー峰の
 ベースキャンプから見渡せる氷河。
 映像は9月30日早朝、氷河の上を1列に並んでネパール国境の
 ナンパラ峠に向かって歩いている約30人の行列を
 見下ろすように撮影されている。
 警告発砲音が響いた後、次の発砲音で先頭の尼僧が倒れた。
 その後続く発砲で行列の最後尾の少年僧が倒れる。
 「犬のように撃ち殺された」という目撃した登山家のつぶやき。

 この事件について12日に中国当局は、
 兵士が違法越境者に対し引き返すように説得したものの、
 「(抵抗したため)発砲した。正当防衛だ」と言い訳しているが
 この映像により 亡命者の約半分が6~10歳の子供で、
 無防備な状態を背後から銃撃されたことが判明。
 チベットの難民組織など複数の人権団体の情報を総合すると、
 亡命者は全部で73人で、ネパールにたどりついたのは43人。
 そのほかは子供を中心に相当数が当局に拘束されているという。


実は 中国のチベットへの侵略および大虐殺は
1950年頃に始まりその後10年で拡大 現在も進行中の話である。
1951年、かつてのチベット政府は、中国の軍事的脅威のもとで
中国政府と「17条協定」を結ぶよう強いられ これよって
チベットは中国の一部に組み込まれてしまった。

そして
①仏教国であったチベットの6000以上の寺院のうち
 12を残して破壊され、多くの僧侶を還俗、経典を焼き、
 仏像等国家遺産が強奪された。
②中国は核廃棄物の廃棄場としてチベットを使っている。
③中国による拷問や戦闘などのために死亡したチベット人は
 120万人にのぼるという統計もある。
④中国本土から 税制優遇などにより大量の人口を移動させ、
 地元のチベット人から仕事を奪い 土地が奪い、生態系を破壊している。
⑤一部では チベット人女性に強制避妊手術を受けさせ
 民族浄化を画策している。

アレキサンダー・ソルジェニーツィンは、チベットの中国の管理を
「より残忍で世界の他のどの共産主義政権よりも冷酷」と言った。

1995年、ダライ・ラマは、パンチェン・ラマ11世発見を布告。
新パンチェン・ラマは両親とともにチベットに住んでいたが、
すぐさま中国政府当局によって有罪宣告され、誘拐され、
世界最年少の政治犯として収監された。

その一方で中国政府当局は、ギェンツェン・ノルブという6歳の少年を、
新パンチェン・ラマ11世として「即位」させた。

誘拐されたパンチェン・ラマは 現在すでに13歳、
未だに中国によって拘留されている。

実は中国こそが 世界一の大虐殺を現在進行形で行っている
国際犯罪大国なのです。


【東トルキスタン問題(中華人民共和国新疆ウイグル自治区)サイト】
【チベット人権問題サイト】


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9月30日にネパール国境ナンパ・ラ峠で起きた中共軍兵士によるチベット難民の虐殺事件で13日、登山家が偶然に映した狙撃の瞬間映像が公開された。
2006/10/22(日) 23:06:27 | 東アジア黙示録